はらはらと花のように涙が零れ落ちる。嗚咽も漏らさず、しゃくり上げることもなく、ただ静かに、まろやかな頬を雫が滑り落ちる。色素の薄い肌に、引き結んだ唇と紅く染まった眦が鮮やかだった。
 美しい、美しい子供。
 そして、とても誇り高い。
 この不具の子供を、その父母がそう育てた。足りぬ部位があるからと卑屈にならぬように。


 男は、子供特有の丸みを帯びた、健やかな体を後ろ抱きに抱いて、己の胸に預けられた小さな頭を撫でていた。
 胡坐をかいた男の膝に投げ出された2本の脚と、腹の前で所在なげに組まれた2本の手。やわらかで甘い匂いのする栗色の髪。奥二重の下の黒目がちな双眸。高くはないが形良い鼻。ふっくらと愛らしい口唇。
 成長すればさぞや美形になるだろうという容貌に、だが、たったひとつ足りないものがある。
 肩まで伸ばした細い髪に隠された部分。
 この子供には両の耳がない。


 生れ落ちたときから、その場所には耳殻がなく、耳孔もない。
 通例、生まれつき耳が聞こえない人間は、声帯や言語中枢に何ら異常がなかったとしても、話すことも不自由になる。赤ん坊は周囲の話し声から言葉を学ぶものだからだ。
 だが、この子供はそうならなかった。よく喋り、よく笑う。骨伝導という単語が広く知られるようになったのはごく最近のように思えるが、この子供はそのような手段で音を聞いているらしかった。不幸中の幸い、鼓膜はなくとも内耳の機能は備わっているのだ。
 「耳がない」にもかかわらず「耳が聞こえない」障害者にならずに済んだことは幸運と言えよう。集音器の役目をする耳殻がないせいで補聴器の世話にならねばならないが、しかし少なくとも、美容整形で耳殻をつくり、孔を穿ち、鼓膜を張ってやれば――これらは大変な外科手術だが――、外見は取り繕える。


 耳が聞こえることは、幸運なことのはずだったのに。
 それなのに。
 それゆえに。
 まろやかな頬を、伝い落ちてやまないものがある。
 奥歯が鳴るほどに噛み締めて、耐えねばならない激情がある。
 まだ小さくいとけない子供にこんな泣き方をさせる―――それは果たして幸いであろうか。




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タイトル「うつくしきもの」は、枕草子ふうに解釈してください。現代語ではなく古語で。
耳のない子というテーマを扱ったのは実は初めてではないんですが、何度書いても説明がくどくなりますね。
サリドマイド障害児の一種なんですが、今時の子は知らないかもしれない…。

(2005.05.06.)